昭和62年3月19日。
春とは名ばかりの肌寒さを覚える彼岸の入りの朝、
黒田 雄介のアパートの扉の前には、北島 弥生が立っていた。
ピンポーン♪
「雄介!探したぞー。」
「弥生、どうしたんだ。それにそのお腹・・・。」
雄介は上京したことを3人の友人にしか伝えておらず、
弥生はその中にはいっていない。
弥生は数いる女友達の中の何番目かに過ぎなかった。
「赤ちゃん、出来てたんだー。
あたしちょっとおデブちゃんだからこの間まで気が付かなかったんだけど。」
弥生はデブというほどではないが、肉付きがよかった。
男前の雄介には不釣合いと周囲は見ていたが、
よく見ると端整な顔立ちで、磨けば光る原石だった。
そしてそれを磨かない、頭がトロ目なところも雄介は便利にしていた。
「とにかく中に入れ。」
出勤まで30分しかないが招き入れて、座布団を出す。
「雄介の子だよー。」
「うそだろ。なんで判るんだ。」
「だって、あたし雄介としかやってないもん。」
「半年前までは全然そんなこと言ってなかったじゃないか。」
トロいところが裏目に出た。
「俺のこと、だれに聞いた。」
3人には厳重に口止めした筈だった。
「かっちゃん。
最初は全然知らんなんて言ってたけど、
お腹がどんどん大きくなってくるし、
このままだったらあんたに責任取って貰うからねって言ったら、
教えてくれたん。」
「勝也め・・・。
家に連絡して来たのか?」
「誰にも言って来てないよ。
だけど、私のアパートも解約して来たん。
雄介のところで産もうと思って。」
「ひょっとして・・・お前、医者にも行ってないのか。」
「うん。家にもずっと帰ってないし、ほとんど誰も知らん。」
「俺は出勤時間だから、とりあえずここにいていいけど外に出るな。
冷蔵庫の中のもの、飲んだり喰ったりしていいから。
テレビもそこにあるし、俺のふとんに寝て休んでろ。」
「判った。」
雄介は鍵をかけて出勤した。
雄介にとってタイミングは最悪だった。
ほんの一週間前、勤め先の社長のひとり娘 沙織を妊娠させたことが発覚。
沙織の強引とも言えるリードで、結婚を承諾させられた。
22日の日曜には仮祝言とも言える沙織の親戚たちとの顔合わせ食事会。
このアパートも今月中には引き払って、会社の敷地内にある離れで一緒に暮らすことになっている。
どうしたら打開できる?
そればかり考えていて、仕事も碌に手が付かなかった。
弥生の中の子はすぐにも産まれそうだ。
沙織に堕胎させて別れるのが筋だろうが、それを説得出来る自信はまったくなかった。
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- 2008/07/26(土) 00:27:56|
- 小説『ぶら小路商店街始末記』|
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