いきなり和尚が飛び出してから、すでに小一時間経っていた。
カヲルは不安だった。
和尚が何も言わず飛び出して行ったからというだけではない。
昨日から不吉なことが続いていた。
昨日朝、マンションを出て数歩歩いたところで、すぐ後ろでクラッカーが弾けるような音がした。
振り向くと得体の知れないものが転がっていた。
さらに近づいて見ると、それはカラスの嘴のようだった。
カラスの上顎とでも言うのだろうか、黒い嘴の根元の方は恐らく皮膚の中の部分なのだろう、白い骨だった。
さらにその白い部分には、わずかばかりの肉片と血が付着していた。
上空にはカラスが二羽飛び交っている。
どういうことなんだ・・・カラス同士が抗争でも起こして、これは負けた犠牲者いや犠牲烏なのか。
「まさか、俺を狙った訳じゃないだろうな。」
カヲルはマンションの階段を取って返し、屋上に登ってみた。
カラスが遠巻きに、喚きながらカヲルを見ている。
特にカラスの死体なども見当たらなかったため、戻ろうと背を向けた時、ブォっと風圧を感じた。
カラスが飛んで、カヲルをかすめたのだ。
「カラスの奴、俺を威嚇しやがった。」
振り向いた時には、すでカラスは充分距離をとっていた。
空中対地上では分が悪い。
カヲルはゾクッとして、ともかくそこを離れることにした。
そのあとも変なことが続く。
軽トラのエンジンを掛けようとした時、まったく反応がなくてバッテリーが上がったかと思った。
降りて工具箱からブースターケーブルを出し、和尚の自家用パジェロと直結しようとした時、ふと覗くと室内ランプが点いている。
今度は何事もなく、エンジンが掛かる。
「いったいどうなってるんだ。狐にでもつままれたかな。」
そんなこんなで悪いことは忘れようと昨夜は深酒をし、今朝は腹の調子も悪いのに、和尚は出て行く。
「何か起きなきゃいいんだけどね・・・。」
そう言って溜息つくばかりだった。
「やべ、またトイレ行きたくなってきた。」
店のトイレは今朝からつまっている。
ついてない時は、とことんつかないものだ。
便利屋なのにボッコンの1本も用意していないとは、なんたることか。
用を足すにはアーケードの中央奥にある共同トイレまで行かなくてはならない。
困っていたところに、反対側からパチンコ銀次郎の鮎美がユニフォームを抱えてやって来た。
「鮎ちゃん、ちょっとちょっと。」とカヲルが呼ぶ。
「待って、クリーニングに出してくるから。」
ユニフォームを向かいのホワイトクリーニングに出すと、鮎美はすぐにやってきた。
「な〜に♪」
「悪い、ちょっとコーヒー買ってくるから、その間だけ店にいてくれないかな。」
「鮎美の分も買ってくるんでしょうねー。」
「もちろん。」
「OK。いってらしゃ〜い♪」
さすがにトイレに行ってくるとは言い辛かった。
カヲルはすぐに店を出てまん中まで来ると、奥にあるトイレに向かって曲がった。
尻に力を入れて緊張していたため、その時反対側からアーケードにはいろうとしている、ネズミ色の作業着の一団に気付くことはなかった。
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- 2008/08/09(土) 09:29:13|
- 小説『ぶら小路商店街始末記』|
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